2020年10月18日
プンクトゥムが発作を起こして呼吸困難になりました。翌日病院に連れて行くと心筋症から肺水腫を起こしていたとのことでした。合わせて心臓の検査をしてもらったところ状態はかなり悪いそうでいつ死んでもおかしくないとのことでした。それから家に帰ってきてもずっと、呼吸が早くて辛そうでした。
それから数日は年子育児と仕事の合間に夫婦でよく泣きました。当たり前にあると思っていたプンクトゥムを含めた家族の未来が急になくなる気がしました。

2020年11月17日
午前6時 前日からさらに呼吸が苦しそうだったのでリビングの窓を開け、夫婦で撫でていました。

午前10時 最期になると思い家族6人で写真を撮りました。撮り終わるとプンクトゥムは血を吐きました。「最期は家で看取る」と言っていたことも忘れて急いで病院に連れて行きました。

病院に着いた時にはぐったりしていましたが、肺に溜まった水を出して強心剤をうち一命は取り留めました。

午後1時 家で看取るにしても酸素ゲージがないと苦しむというのでプンクトゥムを病院に置いて横浜にあるレンタル業者のところまで向かおうとしたところ電話が鳴りました。急いで家族で病院に向かいましたがプンクトゥムは死んでいました。

葬儀の前の日に花屋に走り、たくさんの種類の花を買って棺を飾りました。あまりに綺麗だったので葬儀の当日スタジオにセットを組んで撮影しました。毛もふかふかで死んでしまった実感がありませんでした。生前から「きれいな猫ねぇ」とよく言われました。そう言われる度にプンクトゥムのお母さんに教えてあげたいなと思いました。

「いのちがいちばんだいじ」はシンバとプンクトゥムが我が家に来てからできた家訓でした。個人事業主が大黒柱の家なので小さいことから大きいことまで決断に迫られる数が多いかもしれません。決断の時にいのちを粗末にしないのはどっちなのか、どうやったらそこにあるいのちが輝くかを考えて選べば大きな間違いはないだろうと思い自然にできた家訓です。プンクトゥムが死んで気付いたことは、鼓動が止まってもなお輝き続けるいのちがあるのだということです。彼が死んでからも慌ただしく日々は過ぎていき、いのちの瞬きは止まることを知りません。次の「いのちがいちばんだいじ展」にはどんな写真が並ぶのでしょうか。きっと予想もしないことがたくさん写っていることでしょう。

2020年12月 玉村敬太写真事務所 玉村敬太